昭和42年10月10日 月次祭
氏子信心して、おかげを受けてくれよと。氏子信心して、おかげを受けてくれよと仰せられる、おかげと言うのは、どういうおかげの事を言われるのであろうか。信心して、おかげを受ければ、神も喜び、氏子も喜び、金光大神をもの喜びじゃと。そういうようなおかげを以って、氏子信心して、おかげを受けてくれよと仰る、おかげと言うのは、そういうおかげである。第一、神も喜び、神様も喜んでくださるおかげ。氏子も喜び、そして、それを取り次いでくださる、金光大神も喜んで下さるという様な、おかげを受けるという事が、神様の願いである。そういう、神様の願いであるところの、おかげを受けさせて頂くために、お互い、信心をさせて頂かなければならない。
今日は、朝から、御大祭前の御用奉仕が、ここの、信徒全員挙げての、内外共の奉仕がございました。これで済んだ訳じゃございませんけれども、まぁ、言うなら、御大祭の準備に、こう着手したという感じでございますね。終日、皆さん、御用を頂かれまして。特に、男子の方達は、遅うまでかかりましたから、その一部の方達、残られまして、今晩の月次祭にも引き続いて、おかげを受けておられます。中に、久富正義さんも、善導寺ですから、帰ろうと思えば帰られるし。と言うて、また帰って、着物を着替えてくるというのも何だから、私は、無理に止めました。あの、もうこのまま、風呂入って、お食事済ませたら、あの、お月次祭に、そのまま、おかげを頂くように。着物も着替えてきとりませんからと。着物は、私の着物を貸す。と言うて、実は、私は、その、私の着物を着せたいばっかりで止めたんです。ああして、御結界の奉仕をしておられますと、やはり、洋服よりも、あぁして御結界、私の、あれは、奉仕服なんです。私はあの、もう、袴は、可笑しかけんではかんとか何とか言うてから。いや、袴はかにゃいかん。袴をはかせ、白足袋を履かせ、そして、羽織袴を着けさせて頂いておる姿を見せて頂いたら。何か、胸がジーンとするような喜びを感じた。今日、私が感じよる。どうぞ、氏子信心して、おかげを受けてくれよというのはね、そういうおかげなんです。
私共が、おかげを頂いて、見事に、いわゆる、羽織袴を着けたような姿に、親が、その姿を見てから、ようも、おかげを受けてくれたなぁと。いわば、子供の姿に、惚れ惚れとして、親が眺める、そういうおかげを受けておるよと願われるんです。何時も、尻切れ半纏を着て、一生懸命その、ただ、なるほど、働くことは信心。ね。けれども、そういう身分にでもなって貰えれる、いや、形だけではない、心の上にも、裃を付けたようなと仰る、紋付袴を着けたような、しかも、白足袋履いて、おかげを頂かせてもらえるようなおかげを、天地の親神様は、私共へ、願いとしておられるのでございます。ね。どうぞ、氏子信心して、おかげを受けてくれよというのは、そういうおかげの事なんです。ね。
まぁ、そもそもの、正義さんとの馴れ初めは、私、親教会に、まぁ修行中の時分でございました。もう、私は、一番初めに、正義さんの姿を、一目見た時にです。まぁなんと、こんなに痩せられたもんだろうかと思うように、痩せておりました。歩くことすら、やっとと言う様な状態でした。私は、ちょうど、御大祭の、御大祭か終祭でしたか知らん、表に、あの、床机が置いてあって、床机の上に腰掛けて、皆さんの下駄を預かっておった。お参りして見えて、話を聞いたら、土井の久富だと、こう言われる。何か知らんけれども、ちょうど、私は、その前の年に、妹の婿でございます、池尻正と申しましたが、亡くしました弟の、亡くなった時の姿に、もう、そのままのような感じだった。私は、本当に、この人のおかげを受けなければならない。それから、まぁそれこそ、強引に、何か一言二言、私とお話をしたと思いますけれど、毎朝、朝の御祈念にお参りしますと、やっぱり、久富さん、参ってきておられる。御理解が済む、お説教を頂いた、御理解を頂き終わった。そすと、あの、火鉢のそばに寄ってから、私が、必ずその、一条の、いわゆる、お話をさせてもらうんです。それで、皆さんが、まぁ聞いてくださる。その中に、久富正義さんも、毎朝、混じって、しかも熱心に、私の話を聞いてくださるようになった。それがもう、そもそもの、出会いでございました。そういう様な事からでした。
ちょうど、それから、何ヶ月か致しました頃、大変、おかげを頂かれた頃でした。大変、雨風の強い晩、馬渡の秋永先生の所で、信心共励会がございました。親先生のお供をしてから、雨風の中を、雨風を冒して、あちらへお参りをさせて頂いた。中に、やはり、その雨風を冒して、正義さんも、お話を頂きに来ておりました。親先生のお供をして、帰らせて頂こうと思うたら、あの当時の、馬渡の方達が、大坪さん、もうしばらく、残ってお話をしてください。親先生は、お帰りになる、もう時間ですから仕方がないから。まぁしばらく残って、お話をしてくれとこう言う。けども、親先生にお供がない。そしたら、正義さんが、いいえ、それは、私が、ほんなら、お供をして帰りましょうと言うて、親先生のお供をして、雨風の中へ帰ってまいりました。その後姿を、私、つい、何ヶ月か前までは、あぁいう様な状態の人が、この雨風を冒して、信心の稽古が出来られるようになったという事は、もう何と有難いことであろうかと思うて、神様に、その事を、御礼を申させて頂きましたら。私の心眼に、当時、今でもでしょうか、あの、田苗が植えてある、田苗に、必ずあの、誘蛾灯と言うのが、あの、青い電気をつけた、誘蛾灯が点いておりました。誘蛾灯を頂いておる。ね。言うならば、おかげを頂いたというのは、まぁ言うなら、いわゆる、我を取ったという事でございましょうか。それが、ああしたおかげを頂いた。ね。それでも、このくらいな有難さ。それでも、このくらいな明るさを持った。これが、どうでも一つ、百燭光のような大きな電気の光の様なおかげを頂いて、その下に、沢山の人が、小さい新聞の字でも読めるくらいにです、明るいものを頂けるようになったら、有難いというような御理解を、頂いたことを、私は、次々と、その事を思い出させて頂いた。現在、正義さんが、百燭光のような、電気のおかげを頂いておるとは思われませんのだけれども、以来、私の信心の繋がりが、こうして、繋がっております。
当時、頂きました御理解の中にも、信士、紳士、神仕と、正義さんのことを言うてくださいました。信士と言うのは、お位牌さんに書きますね。何々信士と、男の仏さんの事を、何々信士と書きます。信士、信士になるはずのがですね。所の、おかげを頂いたのであるから、信士になれ、そして紳士になれと。紳士と言うのは、この紳士とこう申しますね。あの人は、なかなか紳士だと。人格者だと。ね。同時に、神仕、いわゆる、神様に仕える様にもなれとこう言うておる。ね。
今日、私が、皆さんに、氏子信心して、おかげを受けてくれよと仰る。そのおかげと言うのは、ね。正義さんの紋付姿、白足袋姿に、私が、何とはなしに、胸が一杯になるような感激を覚えたというのは、そういう、例えば、信心のお取次ぎでも出来るような、いわゆる、神様へ仕える御用の出来るような信心を頂いてくれよ。それが、ただ、形だけでも、神様は、喜んで下さっておるというような感じであった。ね。これは、必ず、金光様の先生にならなければ、人が助けられないという事はない。ね。自分が、力さえ頂けば、もう、信心ばかりは、実力なんだ。実力さえ出来れば、自分の周辺の人が、なんぼでも助かっていく。取り次ぎ助けられて行く。いわゆる、神様に仕える。神様に奉仕する。またそれは、正義さんの願いでもございます。日々、そのことは、願い、本当に、神様に喜んで頂けれる奉仕が出来るようなおかげを頂きたいというのは、まぁ、本人の、そういう願いでもございますけれども。私共が、願うおかげ。そして神様が、願うてござるおかげ。そして金光大神が、その事を取り次ぎ、そして私共に、願うておって下さる事は、そういう様なおかげ。氏子信心して、おかげを受けてくれよと言うのは、そういうおかげなのです。ただ、お前の病気が全快した。ただ己の、貧乏な所から、金のお繰り合わせを頂く。そういう願いではないという事。ね。神様は、どうぞ、信心しておかげをを受けてくれよと言うのは、ね。そういうおかげを頂けれる、例えば、もう、そういう願いを持つという事。本当の、信心のおかげを頂かせて貰う。本当に、神様に奉仕出来る、仕えが出来る。神様に喜んでいただくような御用が出来るような、おかげを頂かせて頂くような信心を頂かせて頂きたいと、願うただけでも、神様は喜んで下さる。紋付袴に、白足袋を履いたような信心が出来ておるとは思われんけれども、そういう姿だけを、見られただけでも、立派だなとこう、親が感激するくらいなものである。ね。皆さん、そういう、一つ、おかげを頂いていただかなきゃならん。ね。為には、ほんなら、どういうような信心をさせて頂いたなら良いだろうかと。
私は、今朝の御理解を頂いて、思うたんですけれども。今朝の御理解はもう、本当に、典型的な、合楽の教学だと思った。こういうような御理解がございます。その御理解を、まぁ教学付けて下さると言った様な感じでした。神参りをするのに、連れは要らん。ね。一人ひそかに信心せよ。信心をする、神参りをするのに、連れは要らん。一人ひそかに信心せよ。ね。信心に連れが要ると、死ぬる時にも連れが要ろうがと。みな、逃げておるぞと。そういう御理解がございました。私は、そのことの意味が、一つも分からなかった。なぜ、一人信心しなければならぬのかと。なぜ、皆が、まぁ勿論、死ぬるという事は、死ぬろ時も、連れが要るなんて要ったなら、逃げることは当たり前ですけれども、そんな、当たり前のことを、どうして、御教えしてくださるのだろうかと思うと、当たり前のこと。ね。ところがです、死ぬるにも、連れが要ろうがと仰る時にです。さぁ連れて行こうと言うても、誰も来る者はありませんけれども、ね。一人、あの世に旅立たせて頂くでも、ね。はぁ、心安しという心で、有難いという心で、死に際にもお願いをせよと仰る心持ち。死んだからと言うて、神のおかげにならんわけにはいくまいが。神もおかげを受けん訳にはいくまいが。死に際にもお願いをせよと。ね。そういう御教えが、自分のものになって、死に際にも、御礼が言えたり、お願いが出来たりして行けれるような信心を頂いておけという事である。一人ひそかに信心せよ。連れは要らん。連れが要るような信心が、何時までも続いておったんでは、死ぬる時にも連れが要る。淋しいぞ。死にたくない、死にたくないと言うて、死んで行かねばならんのぞ。ね。死ぬる時にも有難い。ね。と、御礼の申し上げれるような境地を開かせてもらうという事。ここに、信心の、ぎりぎりのおかげと言うのがある。人生最大の難儀でもございましょうけれども、最大の、死ぬるという事は、人間最大のものであり、誰しもが、そこに、必ず、直面しなければならないという問題なのである。ね。その時に、淋しいの、行きたくないの、連れが要るというのではなくて、死に際にもお願いが、または、死に際にも御礼を言うて、心安しという心の状態をもって、死んで行けれるような信心をさせて頂いておかなければならないという事を頂いて、ははぁ、この御理解の、いわゆる、深さ、有難さと言うものを、その辺に分らせて貰いました。ね。そこで、私共がです。信心をさせて頂くという事。ね。そんならもう、こっそりと参ろう。ひそかに信心しろと仰るから、ね。ところが、私共、生身を持っておる人間でございますし、いつも有難いばっかりと言う訳には、行かんのでございますから、そこん所に、励まし合い、手を引き合うて、お参りをする連れがいるという事。その過程において、必要であるという事。ね。
今朝、私、ここへ着かせて頂きます。もう、十分か十五分ぐらい前ですか、そしたら、直ぐに、永瀬さん、それから、古賀さん、それから、正義さんが、三人、毎朝、御祈念の前に、ここへ到着されるようにして参って見える。久留米、久留米、そして善導寺。別に、話し合ってから、参った訳じゃないのでございますけれども、まぁ三人、ちょうど、同じ時間に参って見える。朝参りの三羽烏と言うような感じがした。ね。やはりですね。はぁ、あの人が、自分よりも早く参ってきておった。ね。明日は、もう少し早く。いや、今日は、あの人が、一人参ってきていなかった。どうしたろうか、病気でもしたのではなかろうか。毎朝参って、ここで会うのに。何か都合でもあったのであろうかと、お互いが、心配しあう。昨日は、どうしたこっじゃったかと、こう、いわば、励まし合うたり、尋ね合うたり、そういう雰囲気が、私は、信心の連れに必要だあるとこう思う。ね。
昔は、ここにあの、ある時でした、御本部参拝の時に、賤ヶ岳七本槍じゃないけれども、信心七本槍といった様な事を頂いた事があった。もう、槍一筋で行くというメンバーであった。そん時には、もう、確かに、久富組の実さんも、一人入っておられた。ね。若先生が、今度の御本部参拝は、何名、早く申し込んでおかなければならない。まぁだ、皆が、決定してない。まぁ、何時も椛目は、四十七士で行くけんで、四十七人申しこんどきゃ良かろうかと、という様にですね。椛目に、何かという時には、四十七人。こら、椛目に四十七人と決まったわけじゃないけれども、という様にです。その、一人が欠けても、もう、それが欠ける。ね。そういうような、私は信心のグループと言うか、ね。そういう連れが要るという事を思います。
善導寺の原さんなんかは、もう十年何年間、夫婦で、お参りになる。それこそ、手に手を取り合うてからのお参りである。したら今日、原さんが、この御理解、頂いてからですもん。本当、親先生から、この話を聞いてから、それこそ、妻は夫を慕いつつ、夫は妻をいたわりつつ、お参りをしてくるち、私が言うたんですよ。そしたらもう、先生が、あげなこつ言いなさってから、もうほんなこつ、あげんなら良かばってんから、(笑い)もう、本当にもう、それこそ、泣く泣く辛抱して参ってきよると言ったような、本当に、あぁいう風に、先生が、言うて下さるように、本当に、いたわりつつお参りが出来るようになると良いなと言うて、今日、お届けしておられましたがです。ね。それでも、やはり、十年何年間、その、泣く泣くではあってもです。ね。お互いが、励まし合うて、今日まで信心が、おかげで続いておるのである。そういう意味で、私は、ここの合楽のご信者さん方は、本当に有難いと思う。夜の御祈念ともなると、もう必ず、こらもう、必ず、それこそ、一人が来んと、淋しかごたる。中村さん、幸若さん、田中さん、もう本当に、夜の御祈念には、もう、それこそ、三人組のようにして参って見える。ね。いわゆる、その、誘い合う、ね。連れない合う、そして、一人が、信心でもとしておる時には、それを、二人で行ってから、このごろは、どこか、間違うておりはせんかとこう、言い合えれるような信心がです。過程として、なからなければ、なかなか、信心が育つものではない。ね。
もう、一月ぐらい前だったでしょうか。大和さんが、朝参りをなさっておられた時であった。ちょうど、姉さんが、大変、難しい病気で、医者が、手術をすると言う。そこで、その手術を、もう一週間延ばしなさい。一週間か十日だった。一週間延ばしてもらった。そして、私と一緒に、合楽にお参りしなさいと。そしてからでも遅くはないと言うので、毎朝、自分の自動車に乗せて、姉さんを遠いところから、呼びに行って、合楽に、毎朝、朝の御祈念に参ってきた。ね。その心の中にです、どういう様な心が動いておっただろうか。勿論、おかげを受けなければならんという事は、勿論の事だけれども、ね。一週間なら、一週間して、そして、病院に行ったら、あら、こらあんた、大和さん、あーた、もうこりゃ、手術する事は要らんたい。こらあーたもう、ようなっとるたいと言う様な、おかげでも頂いたら、信心のない姉でも、信心が分かるのではなかろうかと、姉が、信心が分かるじゃなかろうかという様なものが、含まれておったと感じられます。ね。本当に、また、そういう奇跡的なおかげを頂いたら、必ず、おかげと言うて、おかげに、やはり、神様ちゃ有難いと言うて、その、信心が出来るでしょう。ね。そういう例は、幾らもございますね。奇跡的なおかげ。ところが、幸か不幸か、一週間たった、そして、一週間、医者との約束の、その日にちに病院に参りました。ね。おかげで、実に病院も、病室もあり、その手術も順調におかげを頂いた。もう本当に、順調におかげを頂いた。ね。勿論、大和さんから御礼のお届けがあった。おかげを頂きました。ところが、本人は、お参りをして来ない。いわゆる、一週間も、弟と一緒にお参りをしたんだけれども、大したおかげではなかったという事ではなかろうか。ね。神様のおかげというのがです、ね。手の平を返すような、奇跡的な、そういうようなおかげばかりで、もし、あるとするならば、これは、私は、本当のことではない。また、神様は、そういう神様ではない。
今朝、私、御神前に出らせて頂きますと、その事、その事を頂く。あれは、姉に与える信心ではなくて、大和秀広、その人に、いよいよ、信心の本筋と言うか、信心の大事なところを分からせるための、それであったという事なんです。信心と言うものじゃない。信心というものは、そういうものではない。メクラが目が開いた、チンバが立った。癌と言われて、医者から見放されたのが、おかげを頂いたと。なるほど、そういうおかげも頂けるのでございますけれども。神様が、今日、私が、皆さんに聞いて頂いておるところの、氏子信心して、おかげを受けてくれよというおかげは、そういうおかげではないという事。何時とはなしに、何とはなしに、いつの間にか、このようなおかげを頂いて。何時の間にか、いわば、平凡な、当たり前のことの中に、神様の御神徳を悟らせて貰い、有難い、もったいないという生活が出来るという事なんです。ね。大和さんの姉さんじゃない、大和さん、秀広さん、その人に、神様は、本当の信心を分からせてくださると言うのである。心眼に、ちょうど、小石原かなんかの、陶器の焼き物に、薬が、一杯、こうかかっておりますよね。あの、昔の、漬物瓶や、味噌瓶なんかには、こうですね、こう、しずくが垂れたような薬がかかってるでしょう。あれが、どうだろう、瓶一杯に、一杯にかかっておったらです。もうその、良さとか値打ちはないのですよ。あの薬がです、ところどころに、さーっとこう、瓶なら瓶、壷なら壷に、下っておって、初めて、それが素晴らしい、薬のかかり方が素晴らしいのである。陶器の値打ちは、そこにあるのである。信心の値打ちは、いわゆる、薬が効き過ぎたというほどのです。おかげと言うものを頂く。だから、そういう奇跡的なおかげを受けたからと言うて、信心が熱心になるわけじゃないでしょうが。ね。ちょうど、それこそ、何ヶ月ぶりで参ってきておりますが、熊本のあの見放された、もう、それこそ、医者にも見放された、あの病人が、目が開いたというのが、開いたからと言うて、信心が続いておる訳じゃないでしょうもん。ね。三月に一遍か、もう、六月に一遍かになってきておる、お礼参りが。ね。
あの、北野の福島さんなんか、そうだったでしょう。中村さんの導きでお参りをしてきた。ここの中に、大きな塊がある、医者はもう、その日に手術をすると言う。それは、騙されたと思うて、お参りなさいといって、椛目に参ってきた。二十日間ばかり、お参りをしおるうちに、何時なくなったやら分からんように、影も形もなくなったと。まぁ、そういうおかげばかりが、もし、続いたとするならです。これは可笑しい。これはただ、神様が、ね。神様の働きと言うもの、力と言うものを、いわば、神様の権威に掛けて、そういう、こういう働きも出来るという印を、ところどころに、こう見せて下さりよるのだ。ね。それを頂いたから、ほんなら、福島さんが助かってござるという事じゃないでしょうが。それを頂いたから、神様はもう、絶対と言うてござる訳じゃないでしょうが。ね。神様のおかげを、本当に、いよいよ、分らせて貰い。いよいよ、どのような中にでも、おかげと感じさせて頂けれる信心というのは、ね。やはり、お互い、信心の同士と言うか、連れ合いと言うか、ね。そういう者が、手に手を取り、信心の共励をし合うて、信心を進めさせてもらい。その事を、どう頂くのが、信心であろうかというにも、練るにも練る、話を聞くばかりが能ではない。わが心からも、練りださせて頂いて、神様のお徳を悟っていく、心を分かっていくというような信心。ね。大和秀広さんに、何を分からせて下さろうとしたか。私からなら、本当に、万事順調におかげを頂いて、おかげと思うけれども、姉はおかげとは思っていないけれども、ね。けれども、そこの中にです。本当に、あれが、まちっと、奇跡的なおかげなら、姉も喜こうどったろばってん、私も、まちっと、神様を頂いたに違いはないけれどもという様な信心では、そういうおかげを求めるような信心では、何時までたっても、氏子信心して、おかげを受けてくれよというおかげには、繋がってはいかないという事。
今日、福岡の箱崎から、お参りをしておられます方が、桂さん、あちらへ参っておられます。もう、雑餉の教会で修行された。そして、教師の資格を取られて、もう、二十年近くですか。いわゆる、神様から、お頂きになる、いわば、神様の教えのまにまに、動いておられる。この前のお手紙に、私に、どうして神様が、まぁ五年前、十年前に、椛目の親先生と会わせて下さらなかっただろうかと言うて、その、まぁ言うておられます。ね。それこそ、全国を、お徳を受けられた先生方と聞けば、そこに教えを求めに行く、話を聞きに行く。もう、教団内だけではないから、あらゆる、新興宗教なんかと言われる、宗祖、教祖と言われるような方達にも、面接を求めて、信心を求めて行かれたけれども。自分に与えてくれる何物もなかった。教祖の神様から、直接、直伝ですね。神様から、直接、色々とお指図を頂かれるけれども、そこに、信心の、本当の徳という事が分からなかった。今日は、早くから見えて、私が忙しくて、お相手が出来ませんでしたから、夕方、ちょっと、まぁお話させて頂く中に、申しましたことでございました。ね。御道の信心をさせて頂いて、いわゆる、この、天地の中に起きて来る事。天地の中にあるもの、ね。天地の中で起きて来る事。そういう、起きてくる問題が、どのような問題であっても、天地のなかに起きて来る事であったら、天地乃親神様の信心をさせて頂くのであるから、よって、そこに整うて来るところのおかげが、必ず頂けるのだと。どこに、どういうようなものがあっても、それがもし、ここに、必要であるとするならばです。必ず、それが、ここに集まってくるのだと。ね。天地の中のこと、天地の中に起きて来る事。どういう、それは難儀な問題であっても、ね。その問題は、もう必ず、解決のおかげは頂けれる。私の、教師資格の問題でも、教会設立の問題でもそうであった。もう本当に、どうして、こういう難儀な問題が起きてくるであろうかという様な問題が、障害になっておった。ね。ところが、その問題がです。本当に、嘘のように解決しておる。天地のことは、天地の中に起きてくる事はです。それが、どういう難しい人間関係であろうが、必ず、整うのである。
つい、二三日前であった。高山さんが、(?)の高山さんが見えてから、あの石を、あそこへ置いた。それで、正面、行き当たりの所のところへ、向こうにあの、ごみ焼き場が、こう見えておる。あそこに、大体、大きな石を置かなければ、格好がつかないんだと。今日、しゃっち間に合わんけんで、ばってん先生、大体、あそこに石を置かんといかんとこじゃんのうと言いよる。夕方、私と桂さんとお話しよるところへ、秋永先生が、ちょいと先生、表へ石持ってきて来たから、先生見てくれとこう言う。ね。あの、五木の子守唄で有名な、あの五木から、あの石を引いてきたのである。大きな、七トンか八トンかある石を二つ、あのトラックに乗ったままになっております。それをもう、本当に、あちらで、もうあれと、買うた値段と、運賃が出れば良いというぐらいな事でです、まぁ買うて貰えんだろうかと言うて。ちょうど、あそこへ、ね。言うならば、もう、五木の山奥からでも、ここに必要なものは必要なもの。それこそ、あれをもし、買い求めて歩くなら、それこそ、大変な、それこそ、秋永先生が、さっき仰っておられたが、あの、家にある大きな石を、もし、博多の真ん中へ、思うように据えたらですね。やっぱり、七十万はかかるというです。七八十万は。ね。それを、今日のお話では、なんか、四万五千円で良いですからと。あの石をね。裏から、ここまで持って来るだけでも、三万円かかっております。たった、これだけ持って来るだけで。一つの石、持って来るだけで。それを、熊本の山奥から持って来てですよ。しかも、ああいう素晴らしい石をですよ。しかも、私が、二三日前、ここに、こういう石を置くと良いなと言う、それが、もうそこに実現しようとしておるでしょうが。ね。もう、天地のなかにある事なのですから、出来ないことは無いのです。そんならここに、その石ば置かんならんなら、いっちょ、探しに行こうというものではなくてです。全然、それこそ、縁もゆかりもない方達が、合楽の金光様を尋ねてから、わざわざ、やって来ておられます。ね。という様に、そういう、整うていくところの、おかげをもって、私は、御神徳と言うという事を、まぁ、桂さんに、お話をさせて頂いた。ね。そういう御神徳というものは、どういうような信心から生まれてくるかと。ね。ほらもう、メクラが目が開いた。チンバが立った。そん時に、有難いと思わん者は馬鹿です。それはもう、有り難う思うのが当たり前でしょうが。けれども、人が、有難いと思えない様な中にあっても、おかげと感じる。ね。人が、有難くないと言うておる中にも、こげな有難いことをと、思わせて頂けるような内容が出来てくるところにです。ね。神様のご信用、ご信任は、いよいよ、厚う頂けてくる様になると、私は思うのです。私の信心に、他に取り柄がない。取り柄はないけれども、どのような問題であっても、ね。それを、喜びでどかして行こうとする意欲。また、それを、喜びで受けていくところの態度。ね。それが、私は、今日ここが、こうしておかげを受けておる元であると思うのです。ね。そういう、例えば、有難い信心を、皆さん、身に付けておられるのでありますが、ね。それも、一遍聞いた、二遍聞いただけで分かることじゃない。やはり、信心には連れが要るのである。
教祖の神様は、信心には連れは要らんと仰せられるけれども。それは、どういう事かと言うと、本当な信心を頂いて、あの世に行く時に、もう、それこそ、連れは要らん、自分ひとりで、有難く行けれるような境地を開いたら要らんのである。ね。だから、そういう境地を開かせて頂く、そういうお徳を頂かせて頂くために、お互いが、信心をさせて貰わなければならない。
いよいよ、御大祭を、開教式を、あわせて、奉仕させて頂けれるお祭り。ね。そういうお祭りが、ここの信奉者一同の者が、打って一丸になって、それこそ、連れのうて、一人で持ち上がらない石でも、大勢の者が、掛け声を揃えてと仰る様にです。一つの心に、そこに、お祭りという事に焦点を置き、集中した気持ち、心を頂いて、お互いが、神様に喜んで頂けるようなおかげを頂きたいと思う。ね。ははぁ、神様に喜んで頂くというようなおかげは、こう言うようなおかげだという体験を、皆さんが体験して頂きたいと思う。ね。ははぁ、こういうおかげをもって、神も喜び、氏子も喜び、金光大神をも喜びと仰るようなおかげであるという事を、体験して頂きたいと思う。一人では分からない。けれども、手に手を取り合って、一つの力になって、神様の願いが成就するというような事に奉仕させてもらう。ね。そこに、なるほど、金光大神をも喜びじゃなぁ、また、私共も、いわゆる、感激の、いわば、とうぜつがです、坩堝に化してしまう様に、どっから湧いてくるか分からんほどの、信心の喜びというものを、一同に頂いて。一同で、そういう喜びに浸らせて貰えれるおかげを頂かなければならないと思うのです。ね。
私は、今日、正義さんの紋付姿に感激した。天地の親神様が、私共がです。そういうおかげ、本当に、紋付袴を着けたような、きちっとした信心を、本気でさせて頂くぞと。ご利益からご利益を求めるのじゃない。神様が、どう仰った、こう仰ったと言った様な事に迷うのじゃない。ね。いわば、天地の芯に通うような、ね。天地が、その裏づけをしてくださる様な、ね。そういうおかげを目指して、おかげを蒙っていくところにです。私共が、何時、どのような場合に、いわゆる、前に霊柩車が参りましてもです。ね。合掌して乗れれるような境地というものを開かせて頂かなければならない。死ぬのにも連れが要ろうがと。死ぬのに連れが要るような、淋しいような信心では、本当の信心とは言えない。ね。そういう、私は、信心を、お互いが目指して、本当の所を目指させて貰うて。大和さんのそれではないですけれども、ね。そういう時に、そういう奇跡を願うといった様なです。万に一つのと言うか、特別の、神様のご都合の時にしか現れない様な奇跡を願うというのじゃなくてです。もう、その問題と一つになって、ね。その事が、おかげと分からせて貰えれるところの信心を頂かなければ、何時までたっても、ね。連れが要らない信心、一人ひそかに信心すると仰る、その、一人ひそかに出来る信心。自分の心の中に、ね。我とわが心の中に、いわゆる、神様と、何時も一緒である。ね。そういう最高の連れが、自分の心のなかに出来れるおかげ。
今日は、十月十日ですから、教祖の神様の、生前からの、金光大神祭り日として、お祭りを仕えられておった日でございますから、御本部としては、また、お祭主、金光様のお祭主の下に、いわゆる、金光大神祭りが奉仕されております。十月十日と言う日。ね。それはもう、生きながら、自分で自分の心を、この十日という日には、(おんき?)と言うて、お祭りになっておられた様に。私共の心の中に、このような難儀な問題の中にあっても、この様な事の中にあっても、喜べれるという事は、なんと有難い事であろうかという時に、我とわが心が拝めるのである。ね。そういう信心を、神様は求め給うのである。氏子信心して、おかげを受けてくれよと仰るのは、そういう信心を、身に着けてくれよと言うのである。どのような場合でも、自分で、自分の心が拝めれる様な心の状態を、神様は願っておられるのである。そういう状態であってこそ、一人ひそかに信心が出来るのである。そういう状態であってこそ、あの世に参ります時でも、神様に御礼が言えれる。いわゆる、・・?がいるような淋しい思いではない、有難い思いて、人間最大の、いわゆる、重大事に直面いたしましても、そこの所を、有難いと、あの世に旅立って行くことが出来るようなおかげを願う。大体、それが信心の、究極の所なんです。これが、天地の親神様の、言うたら願いなんです。そういう願い、ね。そういうおかげを受けてくれよと、天地の親神様は仰っておられる。そういうおかげを、ほんなら、私共は目指させて貰う。そういう信心を、本気で頂こうと言うのが、今日の、正義さんの紋付袴の姿じゃなかろうか。そういう風に思うただけでも、あぁ良い事が分かってくれたねと。信心とはそれなんだと。さぁ、その調子で、これから信心を続けてくれよという、そこに、神様の喜びが、私はあると信ずるのでございます。どうぞ。